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​航空自衛隊機の世界

航空自衛隊築城基地 F-2

1986年に映画「トップガン」で使われていたF-14Aトムキャットが翌年の千歳基地航空祭で飛行しデモを見たときの感動というのが米軍が本気で映画に参加するとここまですごいのか?ということだった。

日本でも真似て防衛庁(当時)が千歳基地の協力を得て「BEST GUY」を作ったが・・・不発?

いよいよ日本でもステルス心神が登場し、国産ジェット機の新時代だが、ここでは今まで使われてきた自衛隊機を紹介したい。

​航空自衛隊航空機の代表的なもの

​日本の主力戦闘機F-15J/DJ

F-15Jイーグル 千歳基地

F-15Jイーグルは日本の主力戦闘機であり、国内に約200機が配備されています。 J型は単座(一人乗り)であり、DJ(二人乗り)は複座型として、主として新しくイーグルドライバーになるパイロットの練習用として使用されます。

​制空用戦闘機(防空戦闘機)として開発されたため、対地・対艦攻撃能力はゼロに等しいが、もともとの空対空戦闘能力に、ここ数年進めている近代化改修により、日本では30年前に導入された同機であるが、各国で次世代戦闘機が出現している現代においても最強と言われる戦闘機である。

航空自衛隊では三菱重工を始めとする国内企業によりライセンス生産をされていて、2014年現在単座型の/J,複座型の/DJを合わせて201機を運用している。また現在は偵察用のRF-4Eファントムの引退に伴い、F-15にカメラポッドを取り付けた偵察機型や、電子戦機などの派生型も誕生している。

​日本の旧主力戦闘機F-104J

F-104J 千歳基地

​通称マルヨンはマクダネルダグラス製造のF-104J スターファイター

​航空自衛隊の愛称は「栄光」で独特の金属音で飛行していました。

​当時は最後の有人戦闘機といわれ、「ドッグファイト(格闘戦)は過去のものとなりこれからは地対空ミサイルの打ち合いになるだろう」というコンセプトで設計されたようですが、残念ながらそうはならず・・・

ただ日本ではソ連(現ロシア)の爆撃機が脅威であったはずで、その意味では高速でターゲットに接近できることで正しい選択だと思っています。

​主翼の形状から、操縦が難しいのは想像できるが、22年間の運用で大事故が24件発生し、千歳基地でも墜落が発生した記憶があります。

写真は千歳基地航空祭で撮影した(時期不明)201飛行隊

数冊のアルバムを紛失したため、貴重な1枚になっています。

主翼の両サイドにあるのは爆弾ではなくチップタンク(燃料タンク)

​日本の主力戦闘機F-4EJ

F-4EJ ファントムⅡは、主力戦闘機の座をF-15イーグルに渡したものの

近代化改修を続けているため、まだまだ現役の戦闘機として活躍中です。

自分もそうだけれど、いまだに根強いファンがいる航空機でもあります。

ファントムは導入当時の不幸な一部の政治勢力の日本の防衛論争により、爆撃計算機や空中給油装置などを撤去してしまった、本来あった対地攻撃能力や長距離出撃能力をなくしてしった航空機になりました。

ただ、1981年からは近代化改修により対地攻撃能力の強化や、対艦ミサイルの運用能力の付与、新型空対空ミサイルへの対応などが可能となった。

長らくF-4の後継機の選定は難航していたが、2012にロッキードマーチン社製のF-35ライトニングⅡに決定し、半世紀近くも日本の防空を守ってきた時代もまもなく終わろうとしています。

しかしながら派生型のRF-4EJはいまも現役にあって後続機種を新規に導入する予定はない。(F-15に偵察用ポッドを取り付けて運用) 

​日本の旧支援戦闘機F-1

この三菱F-1ですが、三菱重工業が製造したT-2高等練習機を基に、第二次大戦終結後に日本が初めて独自開発した超音波飛行が可能な3世代ジェット戦闘機に相当する支援戦闘機です。自衛隊では支援戦闘機と呼ばれますが、他国の軍隊では通常は戦闘攻撃機とか戦闘爆撃機と呼びます。

量産1号機の初飛行は1977年で、同年より部隊配備を開始した。 後継機であるF-2の配備が進み、に全機が退役したいまは後継機のF-2が配備され2006年3月9日にすべてがリタイア・・・

F-1の任務は翼下に二発の国産対艦ミサイルASM-1を搭載しての対艦攻撃、750ポンド爆弾と500ポンド爆弾を抱えての対地攻撃、AIM-9Lサイドワインダーミサイルを搭載しての空対空戦闘と多岐にわたる。

今風にいえばマルチロールファイターのはしりであった(後方視界悪しだが)

なお、F-1については、英仏が共同開発したジャギュアとの外観が似ていることから同機のコピーではないか?と近隣の某国半島からの俗説があるが、原型となったT-2高等練習機の開発は1967年に始まっており、この時期はまだジャギュアは試作機の飛行さえ行われていないという事実があるのだった!!

戦後初の超音速戦闘機は、間違いなく国産技術を集大成して開発された。

​日本の新支援戦闘機F-2

戦後初の国産戦闘機であるF-1の後継機として開発されたのがF-2戦闘機である。他国でいえば戦闘攻撃機のジャンルに入りますが、いまどきの言い方でいえばマルチロール機で、対空・対艦・対地に戦うことができる航空機です。

開発計画のスタート時点では完全な国産開発が予定されていたが、1980年代の日米貿易摩擦に伴う政治的な問題からアメリカとの共同開発という形を取ることになり、ロッキードマーチン社製のF-16戦闘機がベースとなった。

ただ、F-16がベースとなっているが航空自衛隊の要求が広く取り入れれられたまったく別物といっていいマルチロールファイターとなっています。

F-2は2000年より部隊配備が開始され、当初は140機程度の生産が予定されていたが、開発費の増大などにより機体単価の上昇を招き調達は途中で中止され、生産数は当初の予定より大幅に少ない94機で終了となった。

4基の対艦ミサイルを搭載して、日本本土への上陸を画策する敵水上艦艇を攻撃するのがF-2の主な任務ではあるが、高度な運動性を備えており、空対空戦闘にも十分な性能を備えている。

​航空自衛隊のヘリ部隊

​大規模災害が増えた日本を守る自衛隊機

​シコルスキーUH-60J

航空自衛隊救難機 シコルスキーUH-60J

UH-60シリーズは、米陸軍の要求に応じ、アメリカのシコルスキー社が開発した多用途ヘリコプターである。

愛称は「ブラックホーク」 航空自衛隊では救難ヘリコプターとして採用し、V-107バートルの後継機として調達。全国の各基地に点在する救難隊に配備している(千歳、秋田、松島、百里、新潟、小松、浜松、芦屋、新田原、那覇)  航空自衛隊救難隊は山岳救助、海難救助などあらゆる現場で活躍しており、大規模災害は発生する昨今では民間人の捜索、救助活動にも出動し、これまでに数々の人命救助実績をもつ。

UH-60Jは強力なエンジン出力により、最大12名または複数の担架および物資輸送が可能である。

​そして機首には前方監視赤外線(FLIR)航法気象レーダーを搭載するほか、左右胴体横にサーチライトを装備するため、夜間の捜索活動もできる。航続距離を延ばすため、胴体横には上空で切り離し可能な増槽燃料タンクを標準装備している。これにより3時間以上の捜索活動が可能。また自動操縦装置にオートホバーの機能を有しており、救助活動時、キャビンのホイストマン(機上整備員)がホバリング位置を微調整するためのクルーホバースティックが設置されている。UH-60Jは、自己防御装置を搭載したコンバットレスキュー仕様の機体が配備が順次進められ、新しい機体は空中給油装置も備える。

​ボーイングCH-47Jチヌーク

​ボーイングCH-47Jチヌーク

​航空自衛隊パイロットになるには?というコーナーを作りましたので引き続きこちらからどうぞ!!

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